はじめに 毎日使っていたのに、使わなかった日があった
ChatGPTを使い始めてから、
文章を書くときはほぼ毎回、
自然とChatGPTを開くようになっていました。
特別な理由がなくても、
「とりあえず聞いてみる」
そんな使い方が習慣になっていたと思います。
ただ、ある日ふと、
ChatGPTを一度も使わずに作業を終えた日がありました。
この記事では、
その日になぜChatGPTを使わなかったのか、
そして、その経験から感じたことを
正直に書いていきます。
きっかけは「今日は使わなくてもいいか」という気持ち
その日は、
ChatGPTを使わないと決めていたわけではありません。
ただ、
- わざわざ開くのが少し面倒に感じた
- 今日は自分で書いてみたい気分だった
そんな小さな理由が重なり、
結果的にChatGPTを使わずに
作業を進めていました。
作業が終わったあとに、
「あ、今日は使っていないな」
と気づいたのが正直なところです。
使わなかったからこそ気づいたこと
ChatGPTを使わなかったからといって、
作業が止まったり、
何も進まなかったわけではありません。
むしろ、
- 自分の考えをそのまま書けた
- 表現に迷っても、そのまま進めた
- 修正しながら形にできた
という感覚がありました。
ChatGPTがないと何もできない、
という状態にはなっていなかったことに
少し安心しました。
「使わない日」があっても問題ないと感じた
この日をきっかけに、
ChatGPTの使い方について
少し考えるようになりました。
それまでは、
- 使わないと損な気がする
- 使わない日は効率が落ちるのでは
と、無意識に思っていた部分があります。
しかし、
実際には 使わない日があっても何も問題は起きませんでした。
この事実は、
気持ちの面でとても大きかったです。
ChatGPTは「常に使うもの」ではなかった
この経験から感じたのは、
ChatGPTは
毎回必ず使うものではない
ということです。
- 行き詰まったとき
- 書き出しが浮かばないとき
- 考えを整理したいとき
こうした場面では助けになりますが、
常に必要な存在ではありません。
使わない日があるからこそ、
「使う意味」がはっきりするようになりました。
使わなかった日がくれた安心感
ChatGPTを使わなかった日は、
どこか気持ちが軽かったのを覚えています。
- 依存していないと感じられた
- 自分で書けている感覚があった
- 道具に振り回されていないと思えた
この感覚は、
ChatGPTを使い続けるうえで
とても大切だと感じました。
それでもChatGPTを否定する気持ちはない
誤解のないように書いておくと、
この体験は
「ChatGPTは不要だ」という話ではありません。
むしろ逆で、
使わない日があったからこそ、
使う価値がある場面が
はっきり見えるようになりました。
今の自分にとってのChatGPTの位置づけ
現在の私は、
ChatGPTを次のように考えています。
- 必要なときに使う
- 使わない日があってもいい
- 依存しない距離感を保つ
このスタンスにしてから、
ChatGPTとの付き合い方が
かなり楽になりました。
まとめ 使わない日があっても大丈夫
ChatGPTを使わなくなった日があったことで、
私は逆に安心しました。
- なくても作業は進む
- 必要なときだけ使えばいい
- 道具に支配されなくていい
ChatGPTは、
常に使わなければならない存在ではありません。
使わない日があっても問題ない。
その感覚を持てたことは、
これから使い続けるうえで
大きな意味があったと思っています。


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